古写真
境内は昭和二十年の戦災で焼失し、後に復興したものです。戦前の境内は写真などでみられます。
拝殿
(和歌山市役所編集発行『和歌山史要増補版』 大正4年)
鳥居・石燈篭の位置は現在の位置と同じ。
拝殿は垣で覆われている。
廰舎と神楽殿
(『和歌山市民読本』 昭和9年)
神楽殿(写真右)では田楽等が行われたという。
廰舎(写真中央)の手前右側に殺生禁止の立て札がある。
神馬像
現在の手水舎付近にあった。写真は昭和19年に撮影されたもの。出征祈願のさいのものと思われる。神馬像は青銅製で、腹部に割菱紋が刻まれていた。明治以降に奉納されたものと思われる。太平洋戦争末期には青銅が貴重なものとされ、国に供出されたという。
当神社は戦災により消失し、戦後に氏子崇敬者の方々の尽力により再興することができました。とはいえ戦前の境内とは趣がちがっています。これらの写真は戦前の当神社の様子を伝えるだけではなく、空襲によって消失した戦前の和歌山市を伝える貴重なものです。この当時の状況や事情に心当たりのある方を探しております。
古文献
紀伊国名所図会
大日本名所図録
当神社は明治維新のさい県社に認定され、明治30年ごろに境内が整備されました。拝殿、廰舎等は『紀伊国名所図会』とは異なっています。境内中央には廰舎があり、殺生禁止の立て札がたてられています。



